寄稿文

 本ページは、日本各地で気候変動緩和の活動に取り組んでいる方から、当研究会にお寄せいただいた寄稿文を掲載するページです。

 初回掲載は、岩手県葛巻町役場勤務の 村上 唯様から寄せられたものです。村上様には、当研究委員会の河野委員長が葛巻町における再生可能エネルギー取り組みの現地調査に伺った際に大変お世話になりました。
(本ホームページの活動記録「現地調査2022年9月15~18日」を参照のこと)


エンジョイ葛巻ライフ ~移住して5年を振り返って~     

岩手県葛巻町 村上 唯(むらかみ ゆい)

岩手県葛巻町の魅力に惹かれ移住
 私は宮城県名取市の出身で、岩手の大学へ進学後、ここ葛巻町の役場に就職した。よく葛巻町の人に聞かれるが、どうして盛岡市から車で1時間半もかかるような田舎に来たのか?私が葛巻町の事を知ったのは大学の時である。私は大学の放送部に所属していた。葛巻町は町内全域で自主放送「くずまきテレビ」を視聴することができるが、このくずまきテレビでは町内の行事やイベントの様子をお知らせする「くずまきトピックス」が放送されている。この番組のナレーションを勤めているのが、私が進学した大学の放送部部員であった。私もナレーションの仕事に従事し、これをきっかけに葛巻町との接点ができた。くずまきトピックスでは葛巻町の様々な出来事が取り上げられるので、原稿を読むなかで葛巻町の様子を知ることができた。何よりも町の資源を活かしたイベントが盛りだくさんである事が印象的だ。私の生まれ育った場所は仙台のベッドタウンのような住宅街であったため近所で行われるイベントはあまりなかったように思う。
 盛岡市から葛巻町に行くには車で1時間半かかるのだが、盛岡市から、滝沢市を抜け、隣の岩手町を過ぎると、その道中は山、また山であり、時々カモシカにも遭遇するなど、自然の豊かさを感じる。また、葛巻町は酪農が盛んであるため牛の飼料用のデントコーン畑や牧草地が広がり、その景観はヨーロッパのようで、異国に来たような気分になる。
 さらに、葛巻町では自生する山ぶどうを活かしたワイン造りにも力を入れており、毎年、くずまきワインを楽しむイベントが多々開催されている。学生時代には放送部のメンバーが葛巻町で開催されるワインパーティに招待され私も参加した。そこで、おいしいくずまきワインを味わいながら、参加した方々とのおしゃべりを楽しんだ。とにかく楽しい。こんな楽しい町があるのか、と感じていた。
 すっかり葛巻町のファンとなっていた私は、葛巻町役場で募集していたインターンシップに申し込んだ。インターンシップでは、葛巻町役場の仕事を学ぶほか、葛巻町の三つの第三セクター、(一社)葛巻町畜産開発公社(くずまき高原牧場)、(株)岩手くずまきワイン、(株)グリーンテージくずまきで仕事を体験した。また、町中心部では9月下旬に行われる「くずまき秋まつり」の準備真っ盛りだったので、その準備に参加させていただいた。くずまき秋まつりは、葛巻八幡宮の例大祭にあわせて行われる祭りで、4つの組がそれぞれ山車を引っ張り、町中を練り歩く。このお祭りに向けた準備がインターンシップのなかで一番印象に残った。地域の人が集まって、お祭り本番に向けた山車(だし)の飾りつけ制作、太鼓や笛の練習、祭り1日目の夜に行われる「共演」に向けた、子供たち、お母さん方、中高生それぞれのグループでの踊り練習等に熱心に取り組んでいた。「活気あるコミュニティ」というのはこういうことを言うのではないだろうかと感じた。また、説明してくださった方の「こうした場を通して子供たちは礼儀やコミュニケーションを学んでいく」という言葉が印象的だった。私は、地域の皆で何かを作り上げるとか、近所のいろんな年齢層の人と会話するといった経験がなく育ったので、当時の自分と、葛巻町の子どもたちと比較したら、葛巻町の子どもたちは確実にコミュニケーション能力が高いと感じる。
 こうした経験を通し、もともと人の温かさに惹かれていた葛巻町だったが、ますます大好きになった。その後、葛巻町役場職員の採用試験を応募することとした。
これが私の葛巻町に就職した経緯である。

くずまきライフ1年目
 さて、葛巻町の職員になったばかりの頃は、仕事もプライベートもわくわく、新鮮、楽しい毎日だった。
 役場入庁1年目は農政係を担当。葛巻町は標高が平均で400mあり、平均気温が約8.8℃と冷涼な気候であるため、果物栽培には適さない。主に、ホウレンソウ、野沢菜、葉タバコ、りんどうといった農作物や花きが生産されている。また、特用林産物である、山ぶどうの栽培も行われている。葛巻町では気温が上がりようやく春がやってくるとホットしたと思ったら、5月に急に気温が下がり朝方霜がおりることがあるのだが、これが農家にとってはひやひやものだ。山ぶどうが霜被害にあってしまったという話もあった。また、夏の豪雨による川の氾濫で畑が水没し、葉タバコが被害に遭ったり、例年よりも暖かく害虫の発生時期が早いので早めの防除が必要にも関わらず、対策が遅れてしまい被害が出てしまったり、ということもあり、農政係の仕事を通じて、「農家さんは自然と共に生活があるのだ」と実感した。
 プライベートでは、私は自然が好きなので楽しくてしょうがない毎日だった。葛巻町には馬淵川という一級河川が流れているのだが、実家の近くに川がなかったため、新鮮で、学生時代の友達を呼んでは川遊びをしたり、水生生物探しに明け暮れたりした。ただ少し寂しいのは、夏があっという間に終わってしまうということだ。お盆を過ぎるとすぐにひんやりとした空気になる。

葛巻町内を流れる一級河川「馬淵川」

 お盆が過ぎ涼しくなってくると先ほど紹介した「くずまき秋まつり」の準備が始まる。インターンシップでは1日だけお邪魔させていただいたが、今回は本格的にかだらせて(参加させて)もらった。踊りと太鼓の練習をした後は、そのまま夕食(飲み会)!翌日も踊り、太鼓の練習、山車の飾りつけ、そのまま飲み会!飲み会では、祭りに対する熱い想いや、町民の面白エピソード等を聞き、とにかく笑いが絶えない。お祭り当日は山車を引っ張り町中を練り歩く。山車を引っ張った時の大八車(人形や太鼓を乗せる車輪がついたもの)の「きいい」という音、太鼓や笛の音、音頭上げ等、準備期間中に聞いていた音が、祭り本番で、全て合わさったときには感動した。お祭りは2日間の行程で行われるが、それぞれの晩でも飲み、皆で祭りのあれやこれや語り合った。よそ者の自分をさらっと受け入れてくれる葛巻人の温かさを改めて感じた。

夜のライトアップも素晴らしいです。

くずまき秋まつりの山車の飾りつけは全て手作りです。

 無事お祭りも終わると、一気に寒さが増し厳しい冬がやってきた。1年目はとにかく寒さに耐えるのに必死だ。窓際においていたトイレットペーパーは結露で濡れて凍り窓に引っ付いてしまう。窓にプチプチを張るなどして少し断熱補強をしながら寒さをしのいだ。

くずまきライフ5年経過
 役場に入庁し今年で5年目となった。入庁後2年目からはエネルギー政策に関わる環境エネルギー係となった。葛巻町は「ミルクとワインとクリーンエネルギーのまち」をキャッチフレーズとしており、ミルク(酪農)とワインとクリーンエネルギーの三つの柱を軸に町づくりを進めてきた。その柱の一つを担当することになり、毎日身を引き締めて仕事に従事している。葛巻町は1999年に「新エネルギーの町くずまき」を宣言している。その内容は、『「天のめぐみ」である風力や太陽光、「地のめぐみ」である畜産ふん尿や水力、豊かな風土・文化を守り育てた「人のめぐみ」を生かして、地球規模の課題である地球環境問題に足下から取り組んでいく』ことを宣言したものだ。同年には、新エネルギービジョンを策定し、様々な新エネルギー設備を他の地域に先駆けて導入してきた。現在、発電設備は、「風力発電」、「太陽光発電」、それと家畜ふん尿からメタンガスを取り出し電気と熱を作る「畜ふんバイオガス発電施設」、間伐材の有効活用を目的に実証実験施設として作られた「木質バイオガス発電施設」等があり、情報発信の場としての役割を果たしている。私は、こうした取り組みを見学に来る視察者への説明や、葛巻町のクリーンエネルギー政策の企画を業務としている。

標高1000mの上外川高原で稼働している風力発電所

クリーンエネルギー(木質バイオガス)発電施設の視察

 令和4年度にはビッグイベント、21回目となる「全国風サミット」が葛巻町で開催された。葛巻町では22年ぶりの開催である。私はその主担当となった。日本の風力発電事業草創期から関わってきた方々とも出会い、その情熱に触れることができた貴重な機会であった。第21回全国風サミットinくずまきの様子については、「2022年(令和4)広報くずまき10月号」にまとまった記事があるのでご覧いただければと思う。
 風サミットの開催や日々の業務の中で感じることは、エネルギーの世界は奥が深く、専門的な分野であるということ。例えば風力発電事業は、普段町では完成した発電所しか見ないが、風車を形作る様々な部品はどこかで作られ、葛巻町に運ばれてきている。私は一度発電機補修作業の現場を見せて頂いたことがあるのだが、職人による手作業もあり、こうした技術があるから風力発電事業が成り立つのだと実感した。他にも表舞台にはあまり出てこないのだが、風力発電所のメンテナンス業務に携わっている方もいる。メンテナンスに従事する方からもお話しを伺う機会があったのだが、葛巻町の風力発電所は標高1,000mもある高原地帯に立っているので冬季はスノーモービルで現場まで行くという事であった。厳しい環境下で作業しているということはお話しを聞くまで知らなかった。このように一つ風力発電のみを見ても奥が深い。エネルギー係4年目にしても分からないことだらけである。
 現在、町が目指している姿は、クリーンエネルギーの恩恵を町民が実感できる町である。例えば、風力発電や太陽光発電を導入することで電気代が安くなり経済的負担が軽減されるという事が挙げられる。しかし、現時点では風力発電が立地し電源構成の再エネ割合増加に貢献したとしても電気代が安くなるわけではない。制度上の難しさもあるのが現状である。だが、ここであきらめないのが葛巻町である。小さな農山村だからこそできることに果敢に挑戦していく。挑戦のタイミングを逃さぬよう、情報収集、知識習得に努めたい。

気候の変化 
 仕事は先に書いた通り充実しているが、プライベートは、というと、こちらも1年目にひきつづき充実している。やはり毎年胸が騒ぐのは、くずまき秋まつりである。(コロナ禍で3年間は規模縮小での開催となった。)今年も9月22日、23日にかけてくずまき秋まつりが行われた。お祭りに関わる人達の温かさは1年目の時から変わらない。しかし、5年という歳月の中で気候は変化しているようだ。5年前は寒い寒いと言いながら山車を引っ張っていた記憶があるが、今年は暑い暑いと言いながら引いていた。 “お盆が過ぎたら寒いです”と葛巻町を紹介していたが、今年はお盆が過ぎても暑かった。会話のなかでも、今年は暑さが厳しいね、熱中症に気を付けなければね、と話すシーンが何度かあった。松茸が出るのも遅い。

毎年9月に行われる薪・牧・巻トリプルまきフェスタにおける「全日本薪積み選手権大会」の様子。森の恵みに触れる貴重な機会となっています。

 気候変動による影響は身近に迫っているのではないかと感じる。特に農家や酪農家、林家は気候変動の影響を直接受ける人たちである。気温が上がることによって葛巻町の酪農(牛のストレスにつながらないか?)にはどんな影響があるか?農作物への影響は?気温が上がることで、害虫が北上し林業へ影響を与える可能性はどれくらい増えるのか?そういった情報を町でもしっかりと把握し、情報発信し、気候変動への影響に対応できるよう準備を進める必要があると感じている。

最後に
 葛巻町がどんな町かイメージいただけただろうか。魅力は書ききれないほどあるので、興味がある方は是非、葛巻町にお越し頂けたら嬉しい。私はこれからも楽しく、いろんなことに挑戦し、素敵なくずまきライフを続けていきたい。

令和4年8月に新庁舎が完成しました。また、乳牛導入130周年の年でもありました。背景に見えるのはカラマツの紅葉です。

(2023年10月21日受理)