2024.9.22 受理 松葉桂二

■ ご寄稿いただいた 松葉桂二 氏は、岐阜 県職員とし て働きながら、欧州三大北壁登攀~チベット自治区7千メートル級未踏峰登頂など難しい登山を成功させています。2015年に定年退職後は水環境関係会社に勤めながら、趣味としてオープンウォーターを泳ぐ、自転車を漕ぐ、走る、この3種目を組み合わせたトライアスロン競技で世界選手権カテゴリー優勝を目標にライフワークを組み立て活動しています。雪氷がある山岳登山と平地におけるトライアスロンではフィールドが大きく異なりますが、どちらにも共通したこととして気象条件を含めた自然環境が実行為に大きく影響し、その環境下で極限に近いパフォーマンスを出すことが求められます。今回、これまで松葉氏が世界の高みを目指す過程で見てきたことを記していただきました。


2024.9.22 受理

気候変動による氷河融解~トライアスロン競技

登山家・トライアスリート   松葉桂二(まつば けいじ)

○ 欧州三大北壁からチベットヒマラヤ未踏峰登山
 はじめまして松葉桂二です。岳友の河野仁さんから寄稿依頼があり、内容は書きたいと思うこと、何でも良いとのことでしたので、登山やトライアスロンを通じて感じたことを記させていただきます。
 清流木曽川と緑の里山に囲まれた山紫水明な岐阜県東濃地方の中津川市に住んでいます。現在69歳ですので、世界保健機関(WHO)の定義からすれば高齢者にあたります。私は社会人になってから登山に夢中になり、ふるさとの中央アルプスから北アルプスの山々に四季を問わず出かけて登り、やがてより困難な氷壁を求めてヨーロッパアルプス三大北壁を目指すようになりました。最初の課題は仏伊国境に千メートル以上の垂壁を持つ、グランドジョラス北壁でした。二つ目の課題はウィンパー著アルプス登攀記で有名なマッターホルン北壁で、岩と雪の急峻な壁を標高4,478mのサミットに向けザイル(命綱)を使い仲間と登りました。最後の課題はハインリッヒ・ハラー著『白い蜘蛛』にもある凄まじい登攀史を残すアイガー北壁で三大北壁完登となりました。そして1995年(40才だった)頃から登山トレーニングとしてMTB(マウンテンバイク)に乗り始めました。ちょうどその時期に長野県王滝村でSDA(セルフディスカバリーアドベンチャー)なるMTB耐久レースが開催されていたため、そのSDA100kmに出場してみるとエリート選手に並び上位でフィニッシュすることができました。ひょっとすると登山より自転車レースに向いていると勘違いするほど夢中になりました。MTBで心肺機能を高めて挑んだ7,000m超のチベットヒマラヤ未踏峰登頂を果たした後の50歳代になると、県庁での職責と単身赴任が重なり長期休暇取得が叶わなくなり、困難なクライミングを追求する活動は休止せざるを得なくなりました。

(アイガー北壁・白い蜘蛛の雪壁)      (ニェンチェンタングラⅣ峰のセラック帯)

【登山歴】
 1986 – グランドジョラス北壁登攀
 1989 – マッターホルン北壁登攀
 1991 – アイガー北壁登攀 3大北壁完登
 1995 – チベット未踏峰 ニェンチェンタングラⅣ峰 (7,046m) 世界初登頂

○ 定年退職後トライアスロンで世界の高みを目指す
  50歳~60歳まで約10年間の活動休止期間もマラソンやスイミングだけは継続していました。2015年定年退職を機にJTU(日本トライアスロン連合)選手登録をしてオリンピックディスタンストライアスロンやMTBでオフロードを走るクロストライアスロンの国際大会へ挑戦し始めました。海外遠征では時差ボケや気候、食事の違いなどへの対応を含め現地入りしてからの生活も競いの内です。トライアスロンはスイム、バイク、ラン3種目をスタートからゴールまでの移動時間を競うもので〝セルフマネージメントの塊〟と言われ、このスポーツの本番では実力以上の結果を残すことなどあり得ません。第4種目と呼ばれるスイム後の着替えやヘルメット着用、シューズの履き替えなどを含め無駄のない動線で最短を走る戦略をたてます。全体は部分の総和に勝る競技です。予め競技会場に行き水温や風向き気象状況、降雨時を想定したコンディション対策などアウェーハンデ克服に必要な情報収集をおこなうことも大切です。レースでは各国代表選手が激しく競いながらフィニッシュラインを目指します。結果を求めてトレーニングを重ね準備をした遠征での入賞は喜びもひとしおですが、国際試合で競技者同志が相互理解を深め人種、文化、言語、宗教を越え多様性を尊重しあうことも重要と感じています。紛争のためスポーツで競うことができない国や地域のアスリートたちがいる世界では、改めて文化が異なっていても国籍などを気にせず高みへ向けて競い合うことの尊さを再認識させられています。

【競技歴】
 2016 – JTU Triathlon 60-64カテゴリーランキング 1位
 2017 – ITU日本代表公費派遣 世界選手権オランダ
 2018 – ITU Cross Triathlon 世界選手権デンマーク カテゴリー 5位
 2019 – ITU Duathlon Sprint 世界選手権スペイン カテゴリー 優勝
 2020 – IRONMAN 70.3 Triathlon タイランド カテゴリー 優勝
 2021 – World Triathlon WTCS 横浜 カテゴリー 優勝
 2022 – Off-Road Triathlon Xterra 世界選手権イタリア カテゴリー 6位
 2023 – Off-Road Triathlon Xterra アジア選手権台湾 カテゴリー 優勝
 2024 – ITU Cross Triathlon 世界選手権オーストラリア カテゴリー 3位

○ トライアスロン遠征で立ち寄って見た欧州アルプスの変容
 ここ数年トライアスロン遠征で渡欧した折に以前登山したスイスやフランスアルプスに立ち寄ることが何度かありました。30年以上前になりますがグランドジョラス北壁、マッターホルン北壁やアイガー北壁登攀は、インターネットが無かった時代に仲間と共に気象状況や雪氷コンディションを確認するため毎日のように眺めてきた山々です。何年経っても当時の氷河やルート上の雪氷は脳裏に焼き付いていて鮮明に覚えています。しかしながらショックなことに久しぶりに見た氷河や雪氷は気候変動の影響で大きく減少していました。私は雪氷学の専門家ではありませんので定量的、科学的な評価をすることはできませんが、2019年にモンブラン北側に位置するフランス最大のメール・ド・グラス氷河を訪れた際に目にした状況は画像のとおりです。氷河融解による後退はよく耳にしますが、グランドジョラス北壁へのアプローチであるメール・ド・グラスは、後退に加え氷河の深さが約100m浅くなっていました。1986年当時氷河の深さは300mとされていましたが現在は200mです。また今年のアイガー北壁の氷雪は登ることができないと思えるほど消失しており、我々が登攀したルート(赤い破線)上の岩壁も一部が崩落していました。僅かな気候変動で大きく影響を受ける山岳氷河融解は炭鉱のカナリアとも言われ、海水温上昇による膨張と同じく、海面上昇にも影響を与える地球温暖化の証です。アルプス山間部にある氷河は今のペースだと30年後には失われる可能性があるという衝撃の研究結果もあるようです。

      (氷河の深さが約100m浅くなったメール・ド・グラス)

      (氷雪が消え岩壁一部が崩落しているアイガー北壁)

○ 屋外スポーツを考慮するとき、気候変動の影響と対策は優先課題
 トライアスロンは屋外でおこなう夏の持久系スポーツです。私はこのスポーツに情熱をもって取り組みはじめて約10年が経過しますが、気候変動による競技者への影響が気になっています。特にこの数年、猛暑の夏が続き熱中症の危険性が高くなっています。外気温の高い炎天下でもスイムとバイクはなんとかなりますが、最高気温が35度以上の中で暑熱順化できていない人が高強度のランニングをすると熱中症になる危険を伴います。海外に比べても湿度が高い日本に於けるトライアスロンでは、暑さ指数(WBGT)等を参考に暑熱対策のため、スタート時刻を早めて大会を開始しても3種目目のランニング時は気温が高くなる時間帯と重なるため、競技距離を短縮するなど大会主催者も苦慮しています。それでも会場では、選手のみならず競技役員やボランティアまでが熱中症で救急搬送される事態が発生しています。気候変動は全世界共通の環境問題であり、スポーツへの影響も無視できません。トライアスロンを含めたスポーツの持続可能性(サステナビリティ)を考慮するとき気候変動の影響と対策は、優先課題の一つと言えるかもしれません。

○ おわりに (地域の里山を使ったオフロードスポーツ)
 この10年ほど私は自分が実践しているオフロードを走るクロストライアスロン競技のことやトレーニングで走行する里山、高原でのMTBライドなどをSNSポストしてきました。その投稿の自然環境を活かした活動内容が競技大会を主催する関係者の目に留まったことから、オフロード版トライアスロンのXTERRA (オープンウォータースイミング、MTB、トレイルランニングの3種目を連続して行うもので欧米を中心に競技人口が多い)の全国大会を開催するに至りました。私も地元の土地所有者や高原管理者、行政との間に入り故郷での大会成功に向けてお手伝いしています。2025年は5月17日、18日にXTERRA Japan Nenouekogenとして開催される予定です。大会時は70歳になりますが、上位選手にはXTERRA世界選手権への年齢別出場権が付与される大会ですので選手としても出場します。少し前まで高齢者は、庭先でラジオ体操をしているイメージでしたが高齢者がスポーツを行うことは、今ではごく当たり前のことで、とりまく社会環境も大きく変化しています。私はこれからも大人しく静かに暮らすつもりなど、さらさらありません。表彰台を狙わなければトライアスロンを難しくとらえる必要はありません。スイミング、サイクリング、ランニングは日常にある身近なスポーツです。スポーツの価値には個人の心身の健康をもたらすだけでなく地域社会の再生、スポーツツーリズムとしての経済的効果や国際交流の喚起といった社会的意義も含まれています。競争は強い者が勝ちますが、スポーツの普及と発展には、誰が勝ち組ではなく〝利他の心〟を携えて継続していきたいものです。温暖化による過激な気象状況はトレーニングや競技会を危うくしています。しかし里山や地域の森林にある空き空間を利用したオフロードスポーツは夏場においても比較的涼しく実践ポテンシャルを秘めています。これまでやってきた、登山、トライアスロンなどを通じて得たナレッジで持続可能 なやり方を考えながら、地域とアスリートがより良くなれるよう貢献していきたいと思いま す。 #crazykeiji #hanohanolife